2014年01月11日

<問22>の解答・解説

                  問題文はこちら
解答> 森見登美彦 

小説「ペンギン・ハイウェイ」の解説

(1)問題文中の作者の言葉は、この記事からの引用です。
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(2)@なぜ、題名が「ペンギン・ハイウェイ」なのか。  Aなぜ、生駒市北部のまちが舞台なのか。
    @に対する答⇒作者は〈ペンキン・ハイウェイ〉という言葉を知り、これを題名にすることではじめて小説「ペンギン・ハイウェイ」を書けたから。
    Aに対する答⇒作者が小説家として原点に再び立ち返ろうとしたとき、かつて自分自身がものを書き始めたはじまりの場所を舞台に選んだから。
    *上記の答は、、「野生時代」(2010.7月号)〜総力特集 竹とペンギンと森見登美彦〜の中のこの部分.pdfの青太字の部分に書かれています。

(3)「ペンギン・ハイウェイ」(Wikipedia)の舞台について


 A森見登美彦さんは、「ペンギン・ハイウェイ」と「千と千尋の神隠し」の舞台の共通点をこのように.pdf述べています。




(4)作者(森見登美彦さん)のこと


 A「登美彦」というペンネームの由来である「登美彦(長髄彦)」や登美彦(長髄彦)が主人公である「生駒の神話」については、<問1>と その解答・解説をご参照ください。

  「神武東征の折、(略)先祖が長髄彦(引用者:ナガスネヒコと読む)に従って戦ったという伝承を信じ、それを誇りにしている人たちが現代もいる」(『出雲と大和―古代国家の原像をたずねて』より)。そんな大人から登美トミ長髄彦(単に長髄彦または登美彦ともいう)の話を聞く機会があった、富雄川流域地域の子どもたちは、英雄としてナガスネヒコに憧れ、ナガスネヒコが活躍した地域が故郷であることに誇りを持っています。お母さんからナガスネヒコの話を聞いた(「ペンギン・ハイウェイ」や「千と千尋の神隠し」の舞台となったのはこんなところご参照)森見さんも、そんな子どもの一人だったのでペンネームを登美彦にしたのでしょう

 Bこの小説には「県境の向こうにある街から引っ越してきたのは、ぼくが七歳と九ヶ月のときだ」とありますが、「野生時代」(2010.7月号)〜総力特集 竹とペンギンと森見登美彦〜では、登美彦さんは、「9歳の時<引用者:88(S63).1.6〜89(S64).1.5>に家族で奈良県の郊外に引っ越したんです」と述べています。また、「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し」の中では「私が大阪から奈良へ引っ越してきたのは、小学四年生<引用者:88(S63).4〜89(H1).3>の夏だった」と述べています。ブログでは「生駒市は登美彦氏がこの世に生をうけた地」とあります。森見さんは、79(S54)年1月に生駒市で生まれ、幼稚園の頃に大阪の万博公園近くに転居し、小4の夏(88年夏)に再び生駒市に引っ越してきました。なお、この小説の舞台のモデルとなった北大和住宅地に入居が開始されたのは、88(S63)年12月です。

 C趣味は近鉄の特急電車に乗ることだそうです(ご参照)。   予備校の帰りに生駒山を歩き回ったそうです(ご参照.pdf)。   森見さんのおすすめスポットは、古代の雰囲気が漂う生駒山と大和文華館だそうです(ご参照.pdf)<司馬遼太郎さんの「城塞」の冒頭部分を読むと、生駒山が古代の雰囲気を漂わせている理由がわかります>。 
  

(5)書評1記事版  書評2.pdf記事版>  書評3.pdf  書評4  書評5ミラー(「ペンギン・ハイウェイ」は「全体小説」との最大評価批評)  書評6  萩尾望都「森見作品では『ペンギン・ハイウェイ』が好きです」(ご参照ミラー>   最高評価書評(その1その2その3その4)  楽しみながらノート術が学べる本   

(6)(2)〜(4)の記述を基に「小説『 ペンギン・ハイウェイ』舞台探訪」ガイドブック.pdfその<簡略版>.pdfを作成しました。

  〜上記の「ガイドブック.pdf」をプリントアウトできない方など、「小説『ペンギン・ハイウェイ』舞台探訪 ガイドブック」(A4版 27ページ)<表紙はこれ>をご希望の方は、本検定作成者の吉波伸治(〒630-0121 生駒市北大和3−2−7)まで「205円切手」をお送りください。その切手を使用して同ガイドブック(無料)を郵送でお届けいたします。〜


(7)映像・イラスト


 APV<絵も音楽も素敵なPVです。コスモスクエア行きの電車は「新しい鉄道」なので「少年」と「お姉さん」は乗れていませんので、「コスモスクエア」ではない別の表示の方がよいのではないでしょうか。給水タンク(配水池)ではなく、給水タンクと給水塔(高架水槽)または給水塔のみ、の方がよいのではないでしょうか。>   このPVのBGM⇒その1その2



 Dインスタ映えする「ペンギン・ハイウェイ」⇒その1その2   ツイート「ペンギン・ハイウェイ」  SNS



(8)これらの感想(その1その2その3)を読んでもわかりますが、アオヤマ少年は当時はまだ意識していないものの、お姉さんという1人の女性とハマモトさんという1人の少女の間で微妙な位置に立たされています(下に注)。それを踏まえて、その後.pdfを想定してみました。
   注 : 感想(その2)さんがいう、P.377(引用者:角川文庫版)の「アオヤマ君とハマモトさんの会話」の部分.pdf
ペンギン・ハイウェイ○.jpg 
↑カバーイラストは、くまおり純さんの作(くまおりさんの他の作品
 

(9)「ペンギン・ハイウェイ」一言紹介 : 生駒市北部のまちを舞台に、少年少女が、素敵な大人と出会い、さまざまな研究と探検をしながら、未知との遭遇や世界の果ての探求を通して成長をしていくSF冒険物語。

(10)デカルトもルロイ修道士もアオヤマ君のお父さんもみんな「困難は分割せよ」といっている(ご参照ミラー。   ペンギンハイウェイ式問題解決の三原則(リンク)

(11)アニメ映画「ペンギン・ハイウェイ」 <↓下の図は予告ポスター>

ポスター.jpg

予告編@の一場面に「奈良・生駒」という文字が見えます(↓下の図の黄色〇のところ)
予告編 スナップショット.png

(12)小説「ペンギン・ハイウェイ」が月刊コミックアライブにてコミカライズされることになり、第1話がアップされました。第2話は5月1日にアップ予定です。 <↓下の図は1場面>。  作者のツイート

おねえさん.jpg

↓作者による登場人物紹介

人物紹介.jpg
(13)つばさ文庫版「ペンギン・ハイウェイ」が18.6.15に発売されました(ご参照)。

(14)参考になる記事(リンク)

(15)小説のみならず、アニメ映画にも漫画にもなった「ペンギン・ハイウェイ」の主人公のアオヤマ君とお姉さんと準主人公のハマモトさん・ウチダ君、いや一層のこと、アオヤマ君のおとうさん・おかあさん・妹、山中教授と同僚らしいハマモトさんのお父さん、スズキ君に至るまで、生駒市民と認めてはどうだろうか(ご参照.pdfご参照)。  

(16)寸評

 @「さみしくなったね」と父は言った。「そうだね」「お姉さんから何か聞いたかい?」「ぼくらはサヨナラをしたよ」「そうか。しかし急なことだったね」・・・・・「父さん、ぼくはお姉さんがたいへん好きだったんだね」と僕は言った。「知っていたとも」と父は言った。<文庫版 P.379〜P.381/太字は引用者によります>⇒この場面は、この小説のハイライトの1つで、信頼できる大人(アオヤマ君の場合は父とお姉さん)との出会いと信頼できる大人から見られているということが子どもに何かを成し遂げさせ子どもを成長させることを暗示しています。この場面は、「人には、自分がだれかから見られているということを意識することによってはじめて、自分の行動をなしうるというところがある。」.pdfという言葉を思い起こさせます(ご参照)。

 A福岡伸一さんは動的平衡の中で次のように言っています。「大人はたいへんだ。生計を立て、パートナーを探し、敵を警戒し、縄張りを守らねばならない。対して子どもにだけ許されていることは? 遊びである。闘争よりもゲーム、攻撃よりも友好、防御よりも探検、警戒よりも好奇心、現実より空想。それが子どもの特権である。なかなか成就しないかわりに、遊びの中で学び、試し、気づく。これが脳を鍛え、知恵を育むことにつなかった。こうしてヒトはヒトになった。(太字は引用者によります)
 ペンギン・ハイウェイとは、人類が海から陸に上陸して人類になるために辿らねばならなかった道のことでもあり、ヒトがヒトになるための道のことでもあるのでしょう。

(17)生駒と小説「ペンギン・ハイウェイ」に関する部分を抜粋⇒森見登美彦「太陽と乙女」 <抜粋>  / 文藝別冊 総特集「森見登美彦」<抜粋>



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