2016年06月21日

<問21>生駒伝承

 下の文の〇に入る語句を次から選んでください。
    鳩ハト  烏カラス  鶏ニワトリ  雀スズメ

 生駒には、大要、次のような「(三韓征伐に向かう途上で生駒に宿営した)神功皇后と〇」の伝承があります。

 神功じんぐう皇后が三韓(古代の朝鮮半島)征伐に向かって暗越くらがりごえ街道を進軍する途上、生駒の暗峠の麓に宿営した。皇后は〇に明朝鳴いて出発の時を知らせるようにと厳命した。しかし、いつまでたっても〇は鳴かなかった。そのため皇后は出発できなかった。大変怒った皇后は〇を龍田川に捨ててしまった。しかし、下流のほとりの龍田大明神は、神の使いでありながら流されている〇を救い上げた。それより、〇は龍田神社にて人々の清めを司っている。そして、毎年元旦には神社の裏山から金の〇の吉兆の鳴き声が聞こえるという。 (皇后の宿泊地には諸説あり、また、〇は早く鳴きすぎた、遅く鳴きすぎた、との説もあるなど、この伝承にはいくつかのバリエーションがありますが、上記のように統一しました。)

 伝承は、何らかの事実が元になっていますが、事実をそのまま述べているのではないので真意はわかりにくくなっています。
 さて、太古の昔より、〇は闇を払って暁を告げるありがたい鳥として大切にされてきました。そのため、古事記<上巻 天照大御神と須佐之男命 三 天石屋戸>日本書紀<巻第一 神代上 天の岩屋>は、常世とこよの長鳴鳥ながなきどり(「常世=永遠の世界」から来た、声を長く引いて鳴く鳥)である〇を鳴かせることで、天あまの岩戸いわと(岩屋いわや)に入って隠れてしまった天照大神あまてらすおおみかみ(=太陽)を岩戸から出す事に成功して世界から闇を払った話を記し、それ以来、〇は神の使いとされてきました(伊勢神宮や石上いそのかみ神宮などでは今でも〇は神の使いとして放し飼いにされています)。それを踏まえると、「(神の使いたる)〇が鳴いて征伐出発の時を知らせることをしなかった」との「神功皇后と〇」の伝承は、征伐否定こそが神意であったことを今に伝える伝承であるといえます。
 古事記<中巻 仲哀天皇 二 神功皇后の神がかりと神託>日本書紀<巻第八 仲哀天皇 神の啓示>にも実は、神功皇后の行為を否定する、大要、次のような話が記されています。

 神功皇后が神がかりして神託を受けて、「西の方に、金や銀など宝物がたくさんある国がある。私は、その国を服属させてあげようと思う」と仰せになった。ところが仲哀ちゅうあい天皇がこれに答えて、「高い所に登って西の方を見ると、国土は見えないで、ただ大海があるだけだ」と申された。すると神がひどくお怒りになり、まもなく天皇は急死された。

 皇后の行為を神が否定する「神功皇后と〇」の伝承と神が皇后に託した行為を天皇が否定する「仲哀天皇急死」の記紀説話は、古代日本において、皇后の意に沿わなかった神の使いが川に捨てられる、神託に異を唱えた天皇が急死に追い込まれるという話として残さざるを得ないほどの、戦いに反対する激しい動きがあったことを今に伝えています。
 また、「神功皇后と〇」の生駒伝承の真意は、長髄彦が堕落しないよう彼が神武天皇と戦う(殺戮する=命あるものを食べるため以外の目的で殺す)のを金の鵄(鳥)が止めたという生駒の神話(<問1>神話の里ご参照)のそれと符合しています。

 「神功皇后と〇」の伝承は戦い忌避伝承、生駒神話は戦い忌避神話といえます。生駒で生まれ受け継がれてきたかかる伝承や神話は、世界に向けて平和のメッセージを静かに発しています。

  解答・解説