2016年04月15日

<問20> 生駒の川は神話や伝説、伝承に彩られている

 下の文のAにあてはまる語句(漢字2字)は何でしょう。

◎地図 ○49 84 生駒の地形図2.jpg

 上の≪生駒市〜奈良市中西部の地形概念図≫(クリックで拡大できます)で示されているように、生駒市内を源とする川は4つあります。山田川、天野川、富雄川、A川で、いずれも神話や伝説、伝承に彩られています。

 山田川の源流域には昔は鹿がたくさん生息しており、そこに成立した集落は鹿畑しかはたと呼ばれるようになりました。その鹿畑の最も見晴しのよい場所に素盞嗚すさのお神社が鎮座しています。この神社の祭神は本殿に祀まつられている素盞嗚命すさのおのみことで、摂社(祭神と縁の深い神を祀った社やしろには素盞嗚命の子孫たる大国主命おおくにぬしのみことが祀られ、摂社に次ぐ格式の末社には天照大神、八幡神やわ(は)たのかみ/はちまんしん、春日明神かすがみょうじん(春日大社から迎えた神)などの諸神が祀られています。この神社に残された記録では、この地の鹿が、鹿を神使とする春日大社に奉納されたことが記されています。奈良では、春日大社を含む奈良公園とその隣接市街地という都市部で野生の動物(鹿)と人間とが共存しています。それは世界的にも稀有なことで、都市部で人間と共存する野生の鹿は奈良のシンボルとなっていますが、そのルーツは山田川源流域にあると伝えられています。

 天野川の名は、古代に流域が甘くおいしい米が実る肥沃な野という意味で甘野あまのと呼ばれていたことに由来して甘野川とされていたのが、いつしか天野川(天の川)と呼ばれるようになったと伝えられています。天野川は、白く輝く川砂と澄んだ流れが夜空の天の川を思わせることから、何時しか流域では七夕伝説が生まれたことは良く知られている通りであり、また、星の森の泉から流れ出す水が天の(野)川となったという言い伝えもあり、天空のロマンを感じさせる川です。また、かつて天野川上流の田原の里は桃源郷のごとくであったことは<問18>生駒に「桃源郷」があった!で述べられている通りです。

 富雄川とみおがわは、昔、トミ(富・鳥見・登美・登弥・等彌・迹見などいろんな字が充てられてきました/鵄トビから変化したともいわれています)と呼ばれた地域を流れたので「とみがわ(富河・鳥見川)/とみおがわ(鳥見小河・富小川)/とみのおがわ(登美の小河・富の小川)」と呼ばれていたのが、いつしか富雄川と呼ばれるようになりました。日本書紀では、長髄彦ながすねひこが内つ国うちつくに(生駒山地の東側)をわが国といっており、古事記は、長髄彦のことを登美那賀須泥毘古とみのながすねひこ・登美毘古とみひこと表記していることから、生駒神話の主人公である登美彦(長髄彦)の本拠地は富雄川流域のトミ地域(現在の生駒市上町から奈良市石木町にかけての地域)とされています。

 A川は、生駒山地北東麓を源とし、A姫伝承を生みました。A姫はA川流域の山の神霊が秋の草木を染め抜く女神としての神格を持ったものです。A姫は、奈良市中西部を流れる佐保川流域の山の神霊が春の野山を彩る女神としての神格を持った佐保姫と東西・春秋の一対の女神とされています。

 西之京丘陵と佐保・佐紀丘陵〜笠置山地の間を流れるのが佐保川、生駒山地と矢田丘陵の間(生駒谷)を流れるのがA川、両川を取り持つように西之京丘陵と矢田丘陵の間(鳥見とみ谷)を流れるのが富雄川です。「彦」は元は「日(太陽の)子」(ひこ)といい、すぐれた男子の意です。また、「姫」は元は「日(太陽の)女」(ひめ)といい、すぐれた女子の意です。記紀を読むかぎり、登美彦は独身です。彼は2人の姫にはさまれたかたちとなっています。

佐保姫.jpg秋ちゃん.jpg

 それはさておき、A姫をモチーフとした秋ちゃん(左の図<出典>/右の図は佐保姫<出典>)がNHKニュースウオッチ9のお天気キャラクターとして登場したことでA姫のことが広く知られるようになりましたが、それではA姫・A川のAにあてはまる語句(漢字2字)をお答えください。