2015年10月27日

<問17> 「生駒」の語源・由来

 生駒の語源・由来については次のような諸説があります。

 高原だから「イ(接頭語)・コマ(高原)」。放牧地(牧場)があったから「イ(接頭語)・コマ(駒=馬)」。奥まった小盆地(谷筋)が多いから「イ(接頭語)・クマ(隈)→イコマ」。大和の国の西方の隅(すみ)に位置するから「イリ(入り)・クマ(隅)→イコマ」。分かれ嶺があるから「クマル(分)→イコマ」。生駒への渡来人の国にちなんで「イ(接頭語)・コマ(高句麗)」。生きた駒(馬)のような山容(山の姿)をしているから。山中を駒(馬)が走り回っていたから。

 これらはいずれも、弥生時代にまで遡(さかのぼ)って当時に使用されていた言語で生駒がどのように呼ばれていたかに語源・由来を求めるものですが、生駒にはすでに弥生時代以前の縄文時代に人が住まいしており、この時代にまで遡ったものでないので定説(ある事柄について、その説が正しいと広く認められている説・学説)とは言い難いものです。

 ところで実は、縄文時代に使用されていた言語で生駒がどう呼ばれていたかに生駒の語源・由来を求めた、定説とすべき説があります。それは次のようなものです。

 縄文時代に生駒付近で住まいしていた人々のことを日本書紀は愛瀰詩(えみし)と呼んでいます。これは、三文字とも麗わしい文字を使用している(「瀰」は水の盛なさまの意)ように尊称です。日本書紀は愛瀰詩を「一人で百人に当るほど強いが、戦わない人々」と紹介しています。この愛瀰詩(縄文人)が使用した縄文語の研究によれば、「イコマ」はもともと「イ・コマ」ではなく「イコ・マ」であり、イコ・マの語源を遡れば、イコ・マ→イク・オマ→ユック・オマー(yuk‐oma)となり、ユック・オマーとは、ユックがオマー(そこにいる。)という意味です。ユックとは、当時、生駒山にたくさん生息していたある動物のことです。

 縄文時代、水の豊かな生駒山系一帯の、木の実の豊かな雑木の原始林には狩猟対象の動物が沢山棲息し、縄文人にとって生駒山は四季を通じて獲物の宝庫で、山に分け入って狩りさえすれば山の幸が必ず授かり人々は飢餓におち入らずに済んだという有難い山でした。そこで誰が言うともなく、この山は「ユックがそこにいる」山、すなわち「ユックのオマー(そこにいる)」山→「イク・オマ」の山→「イコ・マ」の山→「イコマ」の山と呼ばれるようになったのです。そしてやがて、イコマには膽駒、射駒、伊駒、伊古麻、伊故麻、生馬、往馬などの漢字が宛てられていきました。

 それでは、縄文時代のイコマ(生駒)の山の代表的な動物で、生駒の語源・由来となった、縄文語でユック(yuk)と呼ばれた動物の現代名は何でしょうか。次より選んでください(なお、それは、縄文語を引き継いでいるとされるアイヌ語の研究の第一人者である知里真志保教授編纂の「地名アイヌ語小辞典」に記載のユック―yuk―の現代日本語訳とします)。


     ウサギ  イノシシ  シカ  キツネ



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