2014年03月12日

<問4> 自然が生んだ伝統工芸 

 下記の文は、「高山の茶筌ちゃせん作りの由来」と「茶筌がなぜあのようなかたちをしているのか」について述べたものです。(   )に入る人物名を答えてください。なお、太字部分は「茶筌がなぜあのようなかたちをしているのか」について述べた部分です。

 生駒市高山町は、古くは鷹山郷と呼ばれた。言い伝えによると、室町時代中期、鷹山城主頼栄よりさかの次男である宗砌そうせつが、親交のあった茶道の祖である(   )のために茶筌を考案したという。高山は今でも鷹が多い。万葉人の狩猟の地でもあった。鷹が空を飛び風を切る。その時、風切羽が風の強さをやわらげる。その様を竹に写す。宗砌の試みは見事に成功した。後土御門ごつちみかど天皇に献上された茶筌は、羽毛のように優雅で穂先はしなやかで柔らかいと驚嘆され、『高穂』の銘を賜った。帝の銘名にちなんで鷹山は高山と改められたという。これが高山の里に茶筌作りが起こったいわれである。今日でも作業はすべて手作業である。宗砌以来、五〇〇年その工程は基本的には何ら変わらず受け継がれている。



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